おたより

僕らは新潟に、宿「なり – nuttari NARI -」をつくることにした。|大工・西聖平

僕らは新潟に、宿「なり - nuttari NARI -」をつくることにした。|大工・西聖平

突然だが、『灯台もと暮らし』編集長・伊佐の故郷は新潟だ。

新潟県民なら、誰もが知っている地元雑誌『Pas magazine』。帰省した際にふとコンビニで、「懐かしい」と手に取った。

最新号の特集は「今、ゲストハウスがおもしろい」。

新潟県新潟市、沼垂(ぬったり)テラス商店街という最近話題の地域に、新しく「なり – nuttari NARI -(以下、なり)」という宿ができるらしい。オープンは2016年11月予定。

表紙を飾るメンバーに、知った顔がいるのに気付く。施工リーダーの西聖平。

2年ほど前の冬、『灯台もと暮らし』の【徳島県神山町】特集取材のためにチームを組んだ男性だった。

th_DSC_9111
2年前の取材当時の写真。左から2番目が、西聖平さん

……どうして彼が新潟に?

取材に行かねば。彼のその後を、直接会って聞かねばならぬ。そう思って沼垂テラス商店街に向かうと決めた。

2016年10月、「なり」オープン直前の工事真っ只中の、心躍る秋の再会。

schiive-nuttari-guesthouse (5 - 12)

西 聖平(にし しょうへい)

1989年滋賀県生まれ。関西外国語大学スペイン語学科卒。災害支援、海外ボランティアの活動を経て、2012年より関東を拠点に本格的にものづくり、内装大工の勉強を始める。現在は全国各地でさらに経験を重ねつつ、自分が表現したいことを模索中。2016年8月から「なり」施工を開始。

お元気ですか?

伊佐知美(以下、いさ) しょうへいさん、こんにちは。

西聖平(以下、しょうへい) こんにちは。

いさ すごく……お久しぶりです。なんだか格好良くなりました?

しょうへい いやいや……『灯台もと暮らし』の取材から2年。今年で28歳になります。

いさ 結婚されて。

しょうへい 今は鎌倉に住んでいて。

あれからずっと、大工です。

schiive-nuttari-guesthouse (12 - 12)

いさ 徳島で一緒に取材をした後、しょうへいさんは大分へ移動したと聞きました。

しょうへい うん。大工の師匠や仲間の仕事現場を渡り歩いて、その土地で暮らしながら宿などの空間をつくってきました。

大分の後は、京都や北海道、長野を経て、新潟に。

今はここで、仲間と一緒に「なり」を創っています。

旅人の少ないこの土地に、新しい宿をつくる

schiive-nuttari-guesthouse (3 - 12)
「なり」になる建物は、もともと個人経営の証券会社だったそう。築90年の古民家だ

いさ 「なり」ってどんな意味ですか。

しょうへい 大工用語に、「なり」という言葉があって。

使い方は、「ここは『なり』でいこう」という感じ。

はじめからかっちりと、すべて決めてやるのではなく、その場の空気、居合わせたひとや状況を見て、流れに沿ってそこにあるものぜんぶでつくっていく、というような意味。

名前を決めたのは、宿主の大桃理絵(以下、りえ)さん。そんな宿をつくりたいと言っているのを聞いて、すごく素敵だなって。

僕もずっと、同じような想いでものづくりをしていたから。

nuttari-guesthouse

いさ うんうん。

しょうへい 古い建物には、その建物なりの良さがあります。もちろん、街にも、道にも。積み重ねてきた歴史があって、今がある。

僕らはその流れを断ち切らずに、ここに宿をつくりたいと思っています。

大工として誤解を恐れずに言えば、「余計なデザインをしない」。

整形するんじゃなくて、お化粧する。もとの空気感や佇まいを活かして、美しくする。

僕らが感じているこの建物の良さや歴史を、次にこの建物に出会うひとに、同じように感じてもらえたらうれしい。

その想いが共有できるメンバーと、一緒に作業できるのがすごく楽しいなと思っています。

「このひとと一緒に仕事がしたい」に巡り会えた

nari1

いさ 宿主のりえさんとは、どうやって出会ったのですか?

しょうへい 長野の現場にいる時に訪れた、友人のカフェの、オープニングパーティーで。

ちなみにそのカフェは、徳島で一緒に取材をしたノリが携わっていたんだけれど。

いさ へぇ。

しょうへい そこで、りえちゃんがこれから宿をつくることを知ったのが、今回一緒に仕事をするきっかけ。

いさ りえさんは、なぜしょうへいさんに施工リーダーをお願いしようと? やっぱり同じ想いですか?

14591618_1160493310692427_1163062420410699825_n
宿主の大桃理絵さん

りえ うん。話していて、ものづくりへの想いにすごく共感できたから。

私は新潟県新潟市出身。長野の「マスヤゲストハウス」という宿で働いていました。

でもずっと、いずれは新潟に帰って宿がやりたいなと思っていて。

友人の紹介で現「なり」にあたる古民家を見つけて、施工は誰にお願いしようか悩んでいた時期に、ちょうどしょうへいくんとも出会いました。

いさ 良いタイミング。

りえ 「なり」があることで、新潟に行ってみたいと思ってくれるひとが増えたら。

しょうへい ね、そんな宿が、できたらいい。

14601029_1160497480692010_2916491025759796137_n (1)
「なり」はどんな宿になるのだろう

みんな離れたところで育った花だったけれど

いさ 徳島の時、しょうへいさんは「一緒に時間を過ごしたいと思える仲間を見つけて、心地よいと思ってもらえる空間がつくってみたい」と言っていました。

しょうへい そうでしたか。たぶん、軸は変わっていない。

あぁ、そういえば僕、『スチーヴ』の冒頭文がすごく好きで。

schiive-nuttari-guesthouse (7 - 12)
それまでは、みんな離れたところで育った花だったけれど、 ひとつの場所に集まって咲き始めたら、 どんなにきれいなんだろうと思いました。 そうそう、いろいろな色や種類、いろいろな大きさ、いろいろな育ち方の花が、 陽のよく当たるひとつの場所で、心地よさそうに風に揺られているような。 大きな花も、ほんの小さな蕾の花も、同じ土に根を張るというような。 はじめは、「くらしのきほん」と「箱庭」と「灯台もと暮らし」という 三つの花を植えてみようと思います。 一本の木から、大きな森ができたように、三つの花から、 大きくて美しい花壇ができることを僕らは願うのです。

しょうへい チームってすごくいい。でも、チームでないとどうしようもないというのは、なんか違う。良いチームは個がしっかりしているのが大前提。刺激し合って良いものがつくれるのが理想だなって。

贅沢かもしれないけれど、暮らしも、そういう関係性でいられる仲間が増えたらうれしいですよね。

そう思って、これまでの2年間を過ごしてきました。

いさ じゃあ今まさに、その理想の実現に向かっている。

しょうへい そう。

いさ 幸せですね。

しょうへい だと思う。

暮らしを、仕事を楽しくするようなチームを組もう

schiive-nuttari-guesthouse (11 - 12)

いさ これから、何をしましょうか。

しょうへい チームをつくってみたい。がっちりずっといるわけじゃないけれど、必要な時には集まって一緒に仕事ができたりする、ゆるく、でも強くつながっているチーム。

僕はものづくりが好きだけど、大工にこだわり続けたいわけではないんです。

今は施工リーダーとして仕事をまっとうすることに頭がいっぱいだけれど、きっと長い人生、やりたいことはもっとたくさん出てくると思います。

1927718_1322678194416194_2402897281419611888_n
左:しょうへいさんの妻:Juliana Harumy Usamiさん

しょうへい 直近だと、妻と一緒に改装した自宅で店がやりたい。何の店をするか、全然決めていないけれど。

拠点は大好きな鎌倉に置いて、現場があったら、また動いて。そんな感じで、やれたらいいな。

いさ 楽しみですね。

「なり」ができたら遊びに来ます。新しいお店ができたら、そこにも。

しょうへい 今日は、ありがとうございました。

いさ こちらこそ、ありがとうございました。しょうへいさん、お元気で。

しょうへい 今度はまたきっと違う場所で。

いさ 会いましょうね。

一部写真提供:中緒 公志

宿「なり – nuttari NARI -」の公式Facebookページはこちら schiive-nuttari-guesthouse (9 - 12)

灯台もと暮らし【徳島県神山町】特集はこちら

灯台もと暮らし

灯台もと暮らし

これからの暮らしを考えるウェブメディアです。人、モノ、仕事、地域、食などを軸に、暮らしを見つめなおすための情報を発信しています。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
【お知らせ】スチーヴの公式SNSアカウントの運用をはじめました。
【西荻窪】古民家スペース「松庵文庫」に集まる変わらない暮らし、声と音
ページtopへ