そうだ、僕らはくらしの プラットフォームを作りたかったんだ。

飛騨高山で古民家を移築、150年と1日のはじまり

飛騨高山で古民家を移築、150年と1日のはじまり

2017.02.08

縁側なび

こんにちは、縁側なびです。
2月のテーマ「はじまり」では、築150年の古民家を移築して引越したご夫婦のお話です。

2016年4月に飛騨高山の地で、自宅兼店舗として民芸「やわい屋」をオープン。
そのオープンする半年前に、実際になぜ古民家を移築したのか、朝倉夫婦にお話を伺ってきました。

「やわい屋」 店主 朝倉圭一さん/妻 佳子さん
2015年に古民家を移築する。2016年4月に飛騨高山の山奥の古民家で、民芸の器を中心に生活道具を扱うお店「やわい屋」を開業。夫婦で営んでいる。

飛騨高山駅から車で20分。
「あれです〜。」

と言われたもののどれだかわからない…。もう一度聞き直す。

「これです。」

でかっ…! 思っていた以上に大きく、とても驚いた。

実際、家の中に入ってみると、すべてが規格外の大きさだった。



縁側も広く、目の前には田んぼが広がり景色も最高だ。




縁側でお茶をいただきながら、なぜ古民家を移築したのか伺った。

「民芸は土地土地の生活や風土から生まれた美しい仕事、民家はその土地の有り様を伝える最たるもの。
だから、飛騨で民芸を扱うことを考えた時、古民家に住むのがいいのではないかと思ったんです。」

まずは、市内の不動産屋さんをしらみつぶしに回ったが、古民家探しは難航した。
諦めかけていた時にタウン情報誌で古民家専門の不動産「白栗不動産」を知り、話を聞きにいくことに。

そして、想いに賛同してくれた白栗不動産が一緒に物件を探しにいくことになったわけだが、移築にすることになったのは偶然だったという。

解体した時の写真

古民家解体の仕事を受けられた棟梁が、解体中に材料や仕事の丁寧さ美しさに惚れて、使い道はないかもしれないけどバラして置いておこう、と思われたのがきっかけで、不動産屋さんを通して夫婦にお話がいったのだ。

移築するには建物をバラす時にすべての柱・梁に印をつけて、ひとつひとつ丁寧に外していく必要があり、おそろしく手間がかかる。

そして再生には解体した時の逆再生の手順が必要になり、これもバラした棟梁の頭の中にしか正解はない。
自宅にはところどころに、棟梁にしかわからない印が刻まれていた。

古民家に住みたいと思っても、場所が悪すぎるといった問題がある。そんな中、移築という選択もあることに衝撃を受けた。


特に印象深かったのが、家を建てる時の話だ。
「どちらかが休みな時は大工さんの作業場を借りて古材を洗う作業をしたり、大工さんたちと一緒にいたのがすごく楽しくて。

家が建つまでのワクワクと完成した時の感動は今でも忘れられない。でも、大工さんたちに会えなくなったのは寂しいかな…。

今の時代の家の建て方だと大工さんとの関わりはほぼないだろうけど、この古民家を通じて良い体験ができました。」

では、念願の古民家に引っ越してきた当日。どんな気持ちになったのか尋ねた。
店主の圭一さんは、
「僕らの家は築150年の古民家を移築してきたものなので、引っ越してきた日はこの家にとっては150年と1日のはじまりでした。

6月の暖かい空気のなかでこの家を構える為に奔走した時間を思いだして、まだ障子も張られてない風通しの良い未完成な我が家でこれからどう暮らしていこうか…そんなことを夢見てました。

思えば毎日掃除をして縁側でごろーんと。窓の外の景色を見てるだけでたのしい時間でしたね。」

妻の佳子さんは、
「なりたい自分になろうと思った日。とにかくなんでも頑張ろう!そう思った日でした。とにもかくにも張り切っていたことばかり思い出します。
心機一転、トイレ掃除とかも毎日ルンルンでしてました(笑)」


そんな2人の生活は、いい意味で力が入らず一緒にいても気持ちのいい生活だった。
朝は台所で協力し合いながらご飯を作っている姿を見ると、この家での生活の「はじまり」が本当に楽しく幸せで、それをかみしめながら飛騨の地で生きていると感じた。

やわい屋
岐阜県高山市国府町宇津江1372-2
営業時間 11:00~18:00 不定休
writer:
縁側なび
縁側なび
日本家屋の縁側の魅力を伝えるウェブメディアです。「そういえば、縁側っていいよね」という再認識のきっかけとなるような、縁側の暮らしを発信しています。

website facebook instagram